トウモロコシ畑からできたあの野球場で、本当にMLBが開催されるなんて思わなかった。映画の世界が現実になるのだから、アメリカという国はスケールがデカい。
2021年8月12日、映画「フィールド・オブ・ドリームス」のロケ地アイオワでシカゴ・ホワイトソックスとニューヨーク・ヤンキースの一戦が開催された。オールドユニフォームを着用して、選手の入場は映画のようにトウモロコシ畑から。そのニュース映像を目にしただけで、映画の感動がよみがえってくるようだった。主演のケビン・コスナーも登場して、集まったファンも熱狂していた。
このホワイトソックスとヤンキースの一戦はホームランが乱れ飛ぶ激戦となった。9回裏、1点差ビハインドのホワイトソックスはフォアボールのランナーを一塁に置き、ティム・アンダーソンがズバンとサヨナラ2ランを放つ。この試合8本目のホームランがトウモロコシ畑に吸い込まれた。きっと天国の"シューレスジョー〟も楽しんだに違いなかった。
映画館で観たのは30年以上も前になる。もう何度、泣いてしまったことか。
農場を経営するケビン・コスナー演じるレイ・キンセラは、どこからか聞こえる不思議な声に耳を傾ける。
「If you build it,he will com」(それをつくれば、彼がやって来る)
「それ」というのは野球場で、「彼」とおぼしき人は1919年のワールドシリーズで八百長事件に絡んだとして永久追放された一人、シカゴ・ホワイトソックスの〝シューレスジョー〟ことジョー・ジャクソンであった。結局証拠不十分として無罪となったものの、メジャーの舞台に戻ってくることはなかった。
若きジョーが仲間を引き連れて、レイがつくった野球場でベースボールをする。それを眺めるレイ一家たち……。1イニングだけメジャーの試合に出た後、引退した町医者になったというアーチー・グラハムが新人選手としてやってくる。映画を観ていない方もいるためにストーリーの詳細を書き込むことは控えさせていただくが、グラハムの振る舞いに筆者の涙腺は決壊してしまう。
主人公のレイは父に反発して町を出たが、父の死後に農場に戻ってきた。父もまた若き日はメジャーリーグを目指していた。その若き父も野球場にやってくる。妻と娘を紹介しながら、親子のキャッチボールって、もうヤバい(内容書いちゃってすみません)。ここでようやく「彼」=父親だと気づき、涙腺の最大決壊。何度見てもこのシーンは泣ける。ご飯3杯はいける。
野球を楽しむ父と息子。近藤俊哉さんの作品です
私は父親とキャッチボールをしたことがない。とはいえ小さいころ、それを格段、気にしたこともなかった。小学生の頃、少年団で一時期、ソフトボールをやっていたこともあって友達と野球をするのが好きだった。プロ野球、高校野球が大好きで、父ともよくテレビで観ていた。お父さんは巨人ファン、僕はそのころ絶対的少数であろう大洋ホエールズのファン。野球の話もよくしていた。
キャッチボールのシーンを見て、何を思い出したかと言えば少年団の先輩が道路で先輩のお父さんとキャットボールをやっていた光景。キャッチボールというよりは投球練習。先輩がピッチャーで、先輩のお父さんがキャッチャー。こうしたほうがいい、ああしたほうがいいと指導を受けていた。その先輩こそ後にヤクルト・スワローズからドラフト1位で指名され、通算45勝を挙げる山部太さん。小学生のころは、「先輩大変そうだな」と思って眺めていたが、本心はうらやましかったんだということに気づかされた。だからあんなにも涙が止まらなかったのかもしれない。
数年前に父が亡くなったとき、キャッチボールをやっておけば良かったなとも思った。優しい父だっただけに、多分やってくれたはず。何となく言い出すのが恥ずかしくて、自分からお願いできなかっただけだ。本当はお父さんだって、キャッチボールやってもいいぞ、というサインをくれていたのかもしれない。あー、そんなことを考えると、また何か涙腺が怪しくなってくる。
時を経て、私も父親になった。
息子とキャッチボールをやったのは、私の母校のグラウンドで軽くやった程度。我が家の子供たちはどうも野球に興味がなく、むしろサッカーのパス練習に付き合うほうが少なくなかった。時代が違うと言われればそれまでだが、一緒にゲームをやることだっていい。日常の会話だっていい。「心のキャッチボール」をすることを大切にしたいと感じている。
アイオワのロケ地は所有者によって保存され、実際に野球場として貸し出されているという話も聞いた。この映画に感動した人が多かったから、観光名物となったのだろう。私も一度は行ってみたいと思っている。
ここに行けば、僕の知らない若い父に会えるかもしれない。
そのときはきっと言える。
キャッチボールをしようよ、と。
2021年10月公開