二宮 山崎さんをじっくり描いてみて、森合さんが感じた本人の魅力ってどういったところでしょうか?
森合 強いだけじゃなく美しいんだなって感じました。空手も、生き方としても。いろんな方にインタビューしてみて、極真には多くの名空手家がいますけど、やっぱり山崎さんはちょっと別格だったんだなって。
二宮 僕、本のなかで「うわっ、凄い」と思わず声を挙げてしまった写真があります。キャプションにもありましたけど、170㎝の相手の頭上をはるかに超える跳び蹴り。美しいなって見とれてしまいました。
(これが山崎さんの跳び蹴り写真。書籍にも掲載されている写真をお借りしました)提供のご協力・東京新聞出版
森合 僕、空手のこと何も知らないから、「台から跳んだんですか?」と聞いたら怒られましたよ(笑)。だってこんなに跳べるわけがないですからね、普通。でも僕を〝空手を知らないヤツ〟だと分かっているから、空手のことも丁寧に教えてくれました。
二宮 この写真だけで凄さが伝わってきます。空手をやっている山崎さんの写真は、怖さも伝わってきます。
森合 山崎さんの思いとしては、空手は大会に勝つためのものじゃなくて、生きるか死ぬかのところを想定してやっている。自分の道場でも「相手が刃物を持っているとするだろ?」「相手がこう来たら、こうしろ」と常に実戦のことを考えていて、ケンカの延長線上にあるんです。
二宮 「はじめに」では店に入ると必ず角に座るエピソードが紹介されています、
森合 ワタナベジムの渡辺均会長から教えてもらって、注意深く観察してみたんです。確かに角が空いていると必ず座る。
二宮 もう習性になっているわけですね。
森合 周囲をキョロキョロと見渡すのも、そうだと思います。
二宮 生き方としても美しいというのは?
森合 やっぱりブレない一本の太い幹があるんですよ。お金に対しても執着がないし、筋が通らないことはしない。自分のなかにある筋からはみ出るものは認めない。自分が目立つことはしたくない。
二宮 確かにそうですね。利害関係では動かない人だと思います。
森合 師匠の大山倍達さんに対してはたとえ冗談であっても、マイナスなことは口にしない。これはもう絶対です。
二宮 大山さんには「押忍」という返事しかないというエピソードも、2人の関係を言い表しているように感じます。
森合 大山さんが亡くなった後も、師匠と弟子という関係を今でも貫いている気がしますね。
二宮 本のタイトルを「力石徹のモデルになった男」とした理由を知りたいですね。
森合 山崎さんを知っている方はやっぱり「マニア」だと思うんです。僕としては山崎さんのことを多くの方に知ってもらいたいし、読んでもらいたい。力石や「空手バカ一代」、クラッシュ・ギャルズのことはよく知られている。だったらキャッチーなものから関心を持ってもらえるんじゃないかな、と。梶原一騎さんの作品が好きな人、力石徹が好きな人……広がりを持たせて、興味をひきつける意味でも力石徹は必要でした。出版部と話し合って、よしこれで行こうとなったんです。
(著者の東京新聞記者・森合正範さん)写真は本人提供
二宮 読んだ感想としては森合さんが山崎さんに勝負を挑んでいるような感じも伝わってきました。
森合 それはあります。「山崎さんが気づいていない自分の姿」がある。僕としてはそこもしっかり描きたかった。だからこの本が完成したとき、山崎さんはちょっと納得していなかったんです。
二宮 と言いますと?
森合 自分ではそうじゃないと思っているところもあるから、奥さまに「違うところがあるんだ」と。でも本を読んだ奥さまから「あなた、このままよ」と言われたらしくて。他人から見た自分はこうなんだって、そこの部分は納得されたようでして。
二宮 まさに「山崎さんが気づいていない自分」だったわけですね。
森合 それとこの本を書くにあたって、もし今後山崎さんに関する書籍が出てきたとしても、これ以上ないものにしようと心に決めて取り組みました。事実関係として正しいことを書いたつもりですし、山崎さんのことを描けた自負もあります。これまで取材や書籍化を断ってきた山崎さんが私に対して許可してくれたわけですから、そこに応えることがせめてもの礼儀だと思っていました。
二宮 今、雑誌「ナンバー」に村田諒太選手が本の書評をするコーナーを僕が担当しているんですが、「力石徹のモデルになった男」を取り上げさせていただきました。
森合 村田選手はどんな感想でした?
二宮 抜粋すると「山崎さんは純粋に強さだけを追い求めていました。地位とか名誉とかオカネじゃない。別に誰かに認められなくていいから、自分で納得できる強さを身につけたい、と。その揺るがない意志に心を打たれる思いがありました」と。
森合 ありがとうございます。
二宮 発売から1年経っても、反響は続いています。
森合 僕のもとにも本当に多くの反響をいただいています。山崎さんのことをもっと多くの方に知っていただきたいし、何年経っても読んでいただけるような本であればと思っています。この本を読んで少しでも心に引っ掛かるものがあればうれしいです。
SPOALの本棚 「力石徹のモデルになった男」 天才空手家 山崎照朝
著者 森合正範インタビュー 終わり
2021年9月公開