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SPOALスポーツ×エンタメ百科 ボクシング映画『負け犬の美学』

映画『負け犬の美学』はボクサーの引き際を描く

いきなりネタバレなのだけど、エンディングの話から始めたい。
原題『SPARRING(スパーリング)』の文字がスクリーンにドーンと現れ、映画の終幕が告げられた直後、エンドロールが始まる前に本物のボクシングの試合がダイジェストで3試合映し出される。その3人のボクサーとは――。

ロビン・ディーキン
ジョニー・グリーブス
ピーター・バックリー

えっ、知らない!? いや、知らなくて当然。彼らは世界チャンピオンでもなければ、人気選手でもないのだから。ではそんな3選手がなぜここで登場するのか。試合映像とともにスクリーンに表示される彼らの戦績がミソだ。順番に並べてみると――。

2勝51敗
4勝96敗
32勝256敗!

ヨーロッパには異様に負け数の多い“怪ボクサー”と呼ばれるボクサーがいる(本当にこう呼ぶのか分らないけど、私の周りの数人はこう呼んでいる)。この本編とエンドロールに挟まれた3選手の映像を見たときに、『負け犬の美学』の監督であり、脚本を手がけたサミュエル・ジェイがこの映画を撮ろうと思った気持ちが理解できたような気がした。

2017年のフランス映画。まずはざっとストーリーを紹介したい。

40代半ばの盛りを過ぎたボクサー、スティーブはたまに組まれる試合の報酬とアルバイトで妻と子どもを辛うじて養っている。そんなとき、娘のピアノの購入資金を稼ごうと、だれもが敬遠していた欧州チャンピオンのスパーリング・パートナーという稼ぎ口を見つけてくる。有力選手のパートナーを務めれば報酬はそれなりだ。逆にその対価として体へのダメージはデカい。スティーブは悩んだ末にこの仕事を買って出た。

スティーブはスパーリングで何度も倒され、ボロボロになりながらこの大役をこなしていく。そして拳を交えているうちに2人の間には友情が芽生え、スティーブはチャンピオンからある提案を受けることになる。それは自身の引き際を決めるラストファイトだった。

ストーリー自体は穏やかだし、テーマも家族とか、友情とか、なかなか思うようにいかない人生とか、それほど真新しいものはない。そもそも負け犬の話というのもよくあるテーマと言える。それでもなお、私がこの映画に「ほぉ~」とうなったのは、ボクサーの引き際の難しさが説得力を持って描かれているからだった。

7勝2分25敗。

この映画を見て真っ先に思い出した田村啓というボクサーの戦績である。田村は2008年から15年にかけて10連敗を喫し、8年間も勝利から見放されていた。迎えた16年9月、田村は後楽園ホールのリングで8年1ヶ月ぶりの勝利を飾った。勝利が告げられた瞬間、苦しんできた34歳はキャンバスに崩れ落ちながら涙した。

田村はこんなに勝てなくてなぜボクシングを辞めなかったのか。
後日、本人に話を聞くことができた。

「何度もやめようと思いましたけど、やっぱりやりきっていなかった。試合のたびにもっと練習しなくちゃと思うんですけど、やれないんですよね。なんだか言い訳ばっかりして…」

ファイトマネーだけで生活できないプロボクサーはいろいろな仕事を掛け持ちする。仕事が忙しかったから今日はジムに行けませんでした。子どもの面倒を見なくちゃいけないから今朝は走りませんでした。言い訳の材料は目の前にいくらでも転がっている。「きっといつかは…」。そう思いながら、時は無情に過ぎていくのだ。

13勝3分33敗。

こちらは本編主人公の戦績である。そのスティーブは45歳にして50戦という節目の試合をラストファイトに定める。ようやくケリをつけるときがきたのだ。スティーブが家族に見送られ、客もまばらなリングに向かっていく。スクリーンの前にいる善男は思わず自身とこの老兵の姿を重ね合わせることだろう。そしてクライマックス、実に美しい、胸に迫るファイトシーンが映し出される――。

この映画には俳優を本職としない2人が重要な役どころで出演している。欧州チャンピオン役に元世界王者のソレイマヌ・ムバイエ、スティーブの妻役に歌手で作曲家のオリヴィア・メリラティ。主役を務めるマチュー・カソヴィッツもさることながらこの2人がすごく効いている。「やっぱフランス映画って俳優がいいよな~」と思える一作でもある。

終わり

2021年6月公開

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