高須 小宮さんがフィギュアスケートの現場に戻ってから2年。小説に挑戦されましたね。小宮さんにとって2作目となる小説でした。
小宮 高橋選手を題材にした作品で多くの方から反響を頂くことができて、こんな風に原稿を読んでもらえるんだと本当に嬉しかったです。その方々が、小説の処女作「ラストシュート」を読んでくださったことも感動でした。サッカーからフィギュアへ、フィギュアからサッカーへ、ジャンルを越えられたので。フィギュアスケートをフィクションで描くのも面白いんじゃないかと思うようになっていました。
高須 編集者から何かオファーはあったのでしょうか?
小宮 打ち合わせのときに、担当編集者からフィギュアスケートの反響の話が出て。「フィギュアファンはちゃんと本を読んでくださる方が多いし、みなさんになら届くのでは」という話になって、企画書を出してみたらトントン拍子に決まりました。担当編集のおかげですね。それが昨年の一度目の緊急事態宣言が出る前の話でした。カナダで開催予定だった世界選手権も中止が決まってしまい、ノンフィクションで書くことはできないなら、フィクションの世界で別の物語を作れないかなと。
高須 飛行機や宿まで手配していたので、昨年の中止は悲しかったですね。
小宮 そうですね。不幸中の幸いというか、小説の執筆は片手間ではできないのでじっくり腰を据えて向き合うことができました。
高須 少し内容にも触れていきたいのですが、主人公は岡山県の出身という設定は、やはり髙橋大輔選手を意識されてのことでしょうか?
小宮 主人公は星野翔平と言うんですが、もちろん、彼は髙橋さんではありません。ただ、インスピレーションで影響を受けた部分はあります。生きる姿勢というか。僕自身が凄いなと思うアスリートは、そのジャンルでパイオニアとなり、スポーツそのものを広めるほどの影響力人を持つ人です。
高須 髙橋選手はオリンピックで初めてメダルを獲得した男子選手ですね。
小宮 高橋選手より以前にもスケーターでレジェンドと呼ばれる方はいましたが、僕が直接取材した中で時代を動かした選手が髙橋選手で、その彼が岡山出身ならば岡山にしようかと。執筆のためにスケートリンクを訪ねたりしましたが、それ以前にも何度も足を運んでいる土地なので、描写した風景などはそのときのものが多いです。
高須 僕はてっきり小宮さんが尊敬する小説家として公言されている作家の重松清さんが岡山のご出身だったことが影響しているのかと思いました。
小宮 重松さんは「ラストシュート」でも帯に丁寧なメッセージを戴いていて。何かと、岡山は縁があるんでしょうね。とても親しくしているサッカー指導者の長澤徹さんがファジアーノ岡山の監督だったので、何度も行っていますし、今のチームのキャプテンの喜山選手も知り合いなので…。岡山市は何度も訪ねています。方言はキャラクターを際立たせる効果があるのでこだわった部分でもありますね。
高須 なるほど。確かに作中で主人公たちの少年時代を描いているシーンは原風景を想像させてくれて物語に入り込みやすかったです。主人公のキャラクターにも影響を多く与えているんですか?
小宮 高橋選手から受けたインスピレーションという意味では、スケートとの向き合い方ですね。競技への愛情量が多さは、キャラクターの基軸になっています。タイトルの「氷上のフェニックス」に込めた思いも、様々な意味での「復活」で。様々な挫折の中で自分を信じて貫く姿を、「もう一つの物語」として読んでもらえたらと思いました。
高須 作中で星野翔平のライバルとして登場する福山凌太についてお聞かせください。凌太は翔平の影響でフィギュアスケートを始めた幼馴染で、どんどん活躍の場を広げていきますが、やがて自身の限界を感じるようになります。その葛藤や虚栄心など非常に丁寧に描かれていると思いました。
小宮 ありがとうございます。個人的にそういう人間くさいところを描くのが好きなんだと思います。ある編集者に「翔平が『ウサギとカメ』のカメなら、凌太はウサギだ」と言われたのですが、言われてみるとそうかもしれません。ただウサギもウサギなりに必死に生きていて、だから苦しみもあって。才能があることが、必ずしも恵まれていないこともあるというか、二人は一つなのかもしれません。
高須 では翔平と凌太が表裏一体という感じですかね。
小宮 誰にでも起こりうることだと思います。才能に甘んじてしまったり、才能がないからこそ掘り下げる努力ができる人もいます。色々な競技者がいて、それぞれが共鳴し合うことで記録がでたり、勝敗がついたり。ライバル関係があるからこそ、競技が高まってスポーツの魅力が高まる部分があると思うので、表裏一体のキャラクターが生まれたんだと思います。
高須 なるほど。確かに現実の世界でも色々な選手の栄光と挫折が折り重なっているからこそ面白い物語が生まれたりしますね。
小宮 もともとサッカー選手だったんですよ。凌太は。
高須 えー!?
小宮 最初は「三重奏」というタイトルで、翔平はフィギュア、凌太がサッカー、もうひとり結菜という幼馴染の女の子がいるんですが、彼女は報道関係者で2人を追いかけるという設定でした。
高須 だいぶ話が変わってきますね(笑)
小宮 その設定でざっと原稿を書いたんですよ。凌太はファジアーノ岡山の選手でした。でも構成が難しすぎました。あと3つの職業ではピークが違うのも障害になりました。
高須 確かにフィギュアスケートで27歳はベテランですが、サッカーでは全盛期に差し掛かるところで、報道関係者ならまだ新米記者ですね。他にも魅力的なキャラクターがたくさん登場しますね。例えば、ロシア人鬼コーチとして描かれているニナ・カフカとか。
小宮 外国のコーチは突き放す時は奈落の底まで落とすくらい厳しいことをしています。3月にスウェーデンで開催された世界選手権を制したロシアのアンナ・シェルバコワ選手を見てもそうですが、まだ17歳なのに勝負に対する厳しさが違うなと感じました。翔平が成長するためにはライバルだけでは足りなくて、外圧を与える存在も必要かなと思いました。
高須 今作の中には印象的なエピソードや心理描写や情景が多かったと思います。これは今まで多くのアスリートを取材してきた経験が還元されているのでしょうか?
小宮 そうですね。一流になる選手が持つ強さや優しさもインスピレーションを与えてくれていると思います。今まで取材させてもらった選手たちの人生が、もう一つの世界で再構成されているかもしれません。その意味では彼らに感謝しかありません。書き手として、いろんな経験は生きていますよ。例えばバルセロナでの光景は、自分が住んでいた町なので、臨場感はたっぷりだと思いますし。ロシア人の不愛想に見えて優しいメンタリティなんかは、ワールドカップで各地を旅したときに現地の方々と触れ合ったことが参考になっています。
高須 最後に読者の皆さんへコメントを頂けますか?
小宮 3年前に髙橋大輔選手の物語を渾身の力を込めて書いたつもりでしたが、思った以上の反響を頂けたことが嬉しかったです。コロナ禍によって、なかなかフィギュアスケートを楽しむことができない中、少しでも作品を楽しんでもらえていたら幸せですね。皆さんの反響があったからこそ、今では高橋選手だけでなく、多くのスケーターの取材ができるようになったし、小説まで世に出せて、たくさんの感想ももらい、ここまで導いてもらったと思いますし。感謝の言葉しかありません。また、作品で恩を返せるようにしたいですね。
高須 個人的には個性的なキャラクターのスピオンオフ作品や続編を期待しています。今日はありがとうございました!
小宮 期待に添えるよう頑張ります!こちらこそ、ありがとうございました。
2021年5月公開