金子達仁さん著の「28年目のハーフタイム」発刊当時、浪人生だった僕は比較的恵まれた家庭環境の末っ子として育った影響もあったのか使命感や危機感を持つこともなく漂うように生きていました。大学で学びたいことがあった訳でもない僕が浪人生をしていた理由は、やりたいことがなかったからでした。
「俺には時間が必要だ!」。
親が聞いたなら頭を引っ叩きたくなるような男です。
そんな僕が友人の勧めで読んだ「28年目のハーフタイム」は1996年アトランタ五輪で日本がブラジルを破る「マイアミの奇跡」を起こしたサッカーの若き日本代表チームの裏側を描いた物語でした。
もともと読書が苦手だった僕は、それまで新聞や専門誌を読むことがなくテレビだけが情報源でした。しかし、本書を読み進めるうちにそれらの情報は多面体のある一面を伝えているだけに過ぎないということを知りました。
アトランタ五輪に挑んだ代表はチーム一丸となって奇跡を演じたと思い込んでいましたが、実際には大会前から生じ始めた歪が徐々に大きくなり、第二戦のナイジェリア戦のハーフタイムに崩壊したと本書では伝えています。
にわかファンだった僕は、不協和音があったことも知らず、あの華々しい舞台の裏側でそんなことが起こっていたとは想像もしていませんでした。そして、それは誰か一人が悪かったわけではなく、それぞれがそれぞれの流儀に従って行動して、いくつかの不運が重なって生まれてしまった悲しい出来事だったのだと知りました。それまで人間関係について深く考えることもなく、ただ漫然と生きてきた僕にとってこのエピソードを知ったときの興奮は今でも忘れることができません。
それから僕は「人に伝える」仕事に興味を持ち、大学では学生新聞を作ることにしました。ただ時間が欲しいという情けない理由で始まった大学生活でしたが、そこで知り合った恩師や仲間の存在や経験が今も僕の助けになっています。
本で人生が変わる。
そんなことあるわけないって思っていたけれど、この一冊がなければ今の僕はいなかったかも知れません。
終わり
2021年3月公開