もともと日本代表のライバルのストック写真を撮りためるために計画した出張でしたが、ワールドカップドイツ大会で日本はアフリカ勢と同じ組になりませんでした。この時点で赤字必至の取材だったこともあり、僕の中では普段なかなか見ることのできないアフリカ勢の本気の試合を楽しむ大会となりました。
中でも楽しみにしていたのが当時ヨーロッパサッカーで存在感を示していたアフリカ勢のフォワードの選手たちです。カメルーンのサミュエル・エトー、コートジボアールのディディエ・ドログバ、トーゴのエマニュエル・アデバヨール。この3人はぜひとも記録しておきたい選手でした。しかし、もっとも驚かされたのはコンゴの選手たちでした。事前に情報はほとんどなく完全にノー膜の国でしたが、彼らのサッカーはそれまで撮影していたアジアのサッカーとはまったく違っていました。凄まじい瞬発力を活かして想像を超えるはるかに動きには圧倒されっぱなしでした。世界と戦う代表選手のインタビューでアフリカの選手たちの身体能力の高さについて話を聞いたことはありましたが、実際にファインダー越しに彼らの動きをみて、日本の選手たちが戸惑う理由がよくわかりました。それくらい彼らの動きは飛び抜けていたと思います。
2010年のアフリカ・ネーションズカップはカイロ、アレクサンドリア、ポートサイド、イスマイリアの4つの都市が会場になっていました。グループリーグはひとつの会場で二試合、高校サッカー選手権のような開催方式でした。この方式だとすべてのチームを漏れなくカバーできるのでカメラマンにとっては有り難いシステムでした。しかも、カイロ以外の都市で試合があるときは、カイロのメディアセンターから各会場への直通バスがでていたので、ビッグトーナメントでの経験のなかった僕には願ってもないサービスでした。
そのメディアバスでは色々なことがありました。あれはアレクサンドリアに向ったときでした。なんとバスが途中で故障して高速道路で立ち往生してしまい、試合に間に合わなかったことがあったのです。バスに乗っていた世界各国のメディアからはブーイングの嵐でしたが、1時間くらいして新しいバスがやってきて乗り換えることができました。結局、一試合目のハーフタイムに到着したのですが、運転手は特に悪びれる様子もなく笑顔で走る僕たちの背中を見送ってくれました。そして、ポートサイドからの帰りのバスではおそらくエジプト人同士だと思いますが、突然つかみ合いの喧嘩をはじめました。車内はざわつきましたが仕事で疲れている同業者たちは我関せずのポーズ。僕も写真整理をしながら嵐をやり過ごすことにしたのですが、ここで海外出張恒例の大きなミスを犯しました。デジタルカメラのデータを記録するメディアを入れている小さなポーチをこのバスの中で落としてしまったのです。どうやら喧嘩を横目に作業しているとき、冷房対策で持ち歩いていた上着をいれたショルダーバッグにポーチをしまったのが不味かったようです。上着をだしたときにポーチがこぼれ落ちてしまったようです。幸い撮影したデータはPCに保存していたので大事には至りませんでしたがメディアを買い直すはめになりました。
ミス繋がりで忘れられないエピソードをもうひとつ。まだフリーになる前に先輩カメラマンからカザフスタンには床に穴の空いたタクシーがいたと聞いたことがありました。このときは「またまた〜さすがに冗談ですよね笑」と話半分で聞いていました。普通に考えて車の床に穴があって走れるとは思えません。しかし、床に穴が空いていても車は走るのです。あれは滞在最終日の朝、ホテルをチェックアウトして空港に向かうときのことでした。ホテルの目の前に止まっていたタクシーのオヤジと目があい「エアポート!」と声をかけると笑顔でドアを開けてくれました。荷物をトランクに積み込み後部座席に座るとありました、大きな穴が。見えるはずのない地面が見える謎の床。「嘘だろ?」と驚いていたのですが、いつまで経っても出発しないことに気が付きました。「キュルキュルキュル!」親父が何度も鍵を回しますがエンジンがかかりません。「あれ? おかしいなー」みたいな顔でとぼけるオヤジ。「ちょっと待ってろ」と運転席を降りてボンネットをあけて何やらやっています。時間に余裕を持ってはいましたが、このままこのタクシーに乗るべきなのか、別を探すべきか悩んでいたら、今度は窓を叩く音がしました。振り向くとそこにはさきほどホテルでチェックアウトの手続きをしてくれたフロント係がいました。どうやらチェックインのとき預けていたパスポートを返し忘れたようで慌てて持ってきてくれたのです。もしこの車がすんなり動いていたら、パスポートなしで空港に行ってしまうところでした。「おおおお、ラッキー」よく分からない形でオヤジに感謝していたら「ドゥル〜ン」やっとエンジンがかかりました。
「OK! Go to the airport!」
一瞬「OKじゃねぇよ!笑」と思いましたが、オヤジの笑顔と共に床に穴が空いたタクシーが動き出しました。
続くッ
2021年1月公開