1990年に協栄ジムと契約して来日した“ペレストロイカ軍団”を覚えているだろうか。社会主義国だった旧ソ連のペレストロイカ政策により同国のアマチュア世界王者が来日したのである。のちに世界王者となるフライ級のユーリ・アルバチャコフ、ライト級のオルズベック・ナザロフ、日本S・ライト級王座を6度防衛して帰国したスラフ・ヤノフスキーらが代表選手だった。
衝撃的だったペレストロイカ軍団
香川 ユーリたちがロシアから招へいされたのが90年2月だったと思うけど、あれなんか今まで見たことのない東側諸国のタイミングだったから驚いたね。いま打つんだの「いま」でもう手が出ている。
福田 ユーリとかコスタヤ・ズーがそうだったね。
香川 でもズーは生で見てなかった。我々はユーリのデビュー戦(1990年2月1日、両国国技館)を見ていたじゃない。
福田 あれはすごかった。
香川 やっぱりプエルトリコもそうだけど中南米の選手は一発ためておいてからダブルだったりするんだけど、そこで(ためないでパンチが)トンと出るというのはスピードがあるだけじゃなくて打ち出しなんですよ。ボクシングの理解が違う、打ち出しの理解が違うと思いましたね。もう黒船襲来みたいな感じで、アマチュアでしか知らなかった東側諸国の暴威みたいなのを目の当たりにして驚きましたね。ユーリのあとはナザロフしか世界を獲れなかったけど。
福田 ヤノフスキーもすごかったね。我々はどちらかというと無駄な1テンポのある様式美が好きだったんですけどね。
香川 フェリックス・トリニダード(プエルトリコの3階級制覇王者)みたいな1回ステップを踏んでから打つみたいな。
マルケス(右)とマルコ・アントニオ・バレラの名王者対決=提供:福田直樹氏
福田 フアン・マヌエル・マルケス(メキシコの世界4階級制覇王者)とかもすごいためを作ってヒジを上げてから打つじゃないですか。そういうのが心地よかったんですけど。
香川 そう、だからユーリは全然趣味じゃないんだけど衝撃的ではあった。でも、ユーリの面白いところは、キャリアを重ねてちょっとジャパニーズ化されていくところ。打ち出しに関してはデビュー戦が一番すごかったと思う。世界を獲った試合(92年6月、ムアンチャイ・キティカセム戦)なんかはちょっとした間だったり日本的なものがミックスされていたと思いますね。
福田 確かにキャリア終盤は驚かなくなりましたね。慣れたというよりもユーリが日本化していったのかもしれないね。
香川 日本の選手とたくさんスパーリングをするうちに、日本選手のスキにタイミングが合ってきちゃったというか。もしかしたらユーリが日本ではない国、たとえばイギリスに行っていたらイギリスナイズされたユーリになっていたかもしれない。きっとホルヘ・リナレス(ベネズエラ出身で日本でキャリアを積んで世界3階級制覇王者に)にもそういうことが起こっているのかもしれないと思ったりもするんです。分からないですけどね。
香川「僕のボクシングの師匠は福田だった」
――ところでお2人にボクシングの先生のような存在はいたのでしょうか?
福田 いなかったですね。たまたま2人でボクシング試合を見るようになって、さらに海外の試合を見るようになったのが大きかったかなと思いますね。
香川 そう考えると僕の師匠は福田なんですよ。福田が毎日学校の先生を語りながらボクシングの漫画を書いていて、それを見て面白いなと思っていた。そのときちょうど具志堅用高さんが強い時代だったので、それで引き込まれていった部分もあるんですけど、やっぱり福田のナビゲートですね。
福田 でも僕は香川と見ていたことが大きいと思います。香川は瞬発力がいいし、さっと思ったこと、鋭いことを次々に言って、そうやって話し合っているうちにボクシングを見る目が磨かれたと思いますね。そうしているうちにリングジャパンから買うだけじゃなくて、海外からビデオを送ってくれる人も出てきたんだよね。
香川 ああ、アメリカのユタに住んでいるおばあちゃんか! だけどあれ、なんであんな道筋がついたのかな。確かだんなさんが元ボクサーとか言ってたかな。でも、どうやってあの人と知り合ったんだろう……雑誌か何かに「こういうのほしい」とか書いたのかな。
福田 それで送ってくれるようになったような気がするな。
香川 向こうは当時、ESPNとかCBSとかABCとかでテレビ中継があってそれを録画して送ってくれたんだよね。4回戦から入っているし、注目の選手が8回戦とかで入ってると「おっ、××入ってるよ!」とか言って興奮してましたね。
福田 先に香川のほうに届くので、香川からこれが良かった、あれが良かったと聞いて僕はあとから見てましたね。高校時代から僕がアメリカ行く30代半ばまで続きましたね。
香川 最終的に世界タイトルを獲れなくてもキャリア前半に連勝している選手がたくさんいて、それを最初に見るときはほんとにドキドキしましたね。「これが好みの選手であってくれればいいのに!」と願いながらね。だいたいダメでがっかりしちゃうんだけど。こんなんで連勝してたのかって。
2020年12月公開