大のボクシング好き俳優である香川照之と、全米ボクシング記者協会の最優秀写真賞を4度受賞した世界的カメラマン、福田直樹による同級生対談。マニアな人間によるマニアなトークは私たちをグイグイとボクシングの奥深くに引き込んでいった。
映像が貴重だった時代 1枚の写真からすべてを想像した
――お2人は中学時代から高校、大学時代、さらには働き始めてからもボクシングの試合を大量に見てきたとお聞きしています。
香川照之
福田 私たちが子どものころは映像が貴重な時代でした。だからマニアとしてビデオを手に入れること、映像を見ることに命をかけてましたね。
香川 そう、我々くらいしかやってなかったんじゃないかな。
福田 いまはユーチューブでいくらでも見られますからね。
香川 ほとんど見られます。だから逆に考えるとあの当時、あれだけ情報がない中でボクサーはどうやって戦ったんだろうと思いますね。研究材料ゼロですから。
――それほど映像が貴重だったと。
香川 そうです。でも、その前に写真の時代があるんですよ。映像が手に入らなかった時代、我々は1枚の写真からすべてを想像するしかなかった。ボクシングマガジンとかゴングとかの粗い画像のしがない写真ですよ。そんな写真でもすごく大事でした。
福田 アルゲリョvs.アルカラとかさ。想像したな。
※アレクシス・アルゲリョvs.ディエゴ・アルカラ(1978年6月、WBCジュニア・ライト級戦でのちに名王者となるアルゲリョが初回KO勝ち)。
香川 そうそう、あとソウル通信とかでキム・ユーチャンというリングアナウンサーが自分で撮ったあら~い写真があって、それを見て「ああ、このOPBF(東洋太平洋)のチャンピオンはこんな選手だと」と想像したり。
福田 アベラル(アントニオ・アベラル=WBCフライ級王者)がカルドナに倒されたときとか(※)。1枚の写真から全部想像したね。
※大熊正二からWBCフライ級王座を奪ったアベラルは1982年3月、2度目の防衛戦でプルデンシオ・カルドナに1回KO負け。
香川 あれは頭から突っ込んでKOされてる衝撃的な写真で「どんなKOだったんだろう」とひたすら想像した
福田 そうだったね。
福田直樹
香川 1枚の写真が試合を物語っていたんですよ。時代を経ていまは飛び散る汗の一滴が写るほど写真も進化した。だけど福田は1枚の写真を目を皿のようにして見て試合を想像した経験から「動画よりも物語れる写真を撮りたい」というのが原点にあるんですよね。
福田 そうだね。昔は写真に対するこだわりとか執着心がすごくあった。いまは写真よりも動画のほうが先に見られる時代です。だから動画よりも説得力のある写真を撮らないと写真を出す意味がない。いまはそこにこだわって写真を撮っています。
好きな映像は何度でも見て徹底検証!
福田 あとはリモンとかチャコンのシリーズ(※)なんかも写真を見て想像して、あとでとんでもない打ち合いだったと動画で知る感じだった。
※激闘王者ボビー・チャコンとラファエル・リモンはジュニア・ライト級の選手で70年代から80年にかけて3度対戦。
香川 サウスポーのナバレッテがいて、ボサ・エドワーズもいた。動画を鬼のように、獰猛に探して見ていたというのが高校時代くらいだったのかな。
※ロランド・ナバレッテとボサ・エドワーズ。リモンやチャコンのライバル。
福田 そうだね、映像が手に入るようになってからは何度も繰り返し見た。好きなシーンは本当に何百回も見たね。
――写真からやがて動画(ビデオ)が一般のファンにも手に入る時代になります。それにしても貴重な動画映像はどうやって入手していたのですか?
香川 ジョー小泉さん(ボクシング評論家にしてグッズなどの販売も幅広く手がけていた)のリングジャパンからビデオを買ってました。現地の放送を録画したもので4回戦のカーテンレーザーの試合から全部入っているんです。それを会員に対しては全部ローマ字の目次にして冊子にして送ってくれていたんですよ。
福田 その中から4回戦とか6回戦の選手に目をつけて追いかけて見てました。
香川 そう。日本でも第1試合から見るのが鉄則で4回戦のころから目をつけて、のちにその選手が上位になったとき「この選手のデビュー戦はこうだったよな」とか言って楽しむんです。そういうのが好きだったので、海外でも先取り、先取りしていい選手にツバをつけてましたね。
――なるほど。お2人のボクシングにかける意気込みが少しずつ分かってきました。
2020年12月公開