世界中どこへ行ってもサッカーはあります。それがこのスポーツの最大の魅力だと思うのですが、元来が出不精なので、何か目的がなければ海外はおろか近所をぶらっと散歩することもない僕にとって、サッカーは世界を知るための最高のキッカケです。
この仕事を始めるまで僕にとって中東は遠い国でした。恐らくカメラマンになっていなければ、わざわざ足を運ぶことはなかったと思います。しかし、実際に訪ねてみるとそこには非日常が待っています。
これまで取材した中東のスタジアムに足を運んでいたアラブ系のファンは熱しやすく冷めやすい傾向にあり、試合前に盛り上がっていても敗色濃厚になるとさっさと帰ってしまう人が多い印象でした。しかし、この日のヨルダンにその心配はありませんでした。なぜならば、後半15分までに2得点を奪い、結果的に格上の日本を破ってしまったからです。この日、試合終了のホイッスルがなった瞬間はスタジアムが揺れているのではないかと感じるほどの盛り上がりをみせました。
キング・アブドゥッラー・スタジアムは収容人数2万人と決して大きくはありませんが、他ではなかなか味わえない雰囲気のスタジアムでした。ヨルダンはこの最終予選で、日本のホームで0対6の完敗を喫しています。しかし、自らのホームでは日本だけでなく、オーストラリアまでも2対1で破っています。ちなみにオーストラリアのホームでは0対4で敗れています。ホームとアウェイでここまで差がでるチームも珍しいですが、それを後押ししたのは間違いなく、文字通り明らかに定員オーバーだと分かる観客の熱量でした。
試合後、観客が帰って静かになったピッチ脇で作業をしていると開け放たれたマラソンゲートから現地の子供たちが侵入してきて、僕たちの仕事ぶりを物珍しそうに観察していました。しかし、彼らは距離感の詰め方が半端ではありませんでした。最初は使い慣れない英語で話しかけてきたので、無下に扱うのも申し訳ないと思い、愛想笑いを浮かべながら対応していましたが、気がついたら傍らに置いてあったカメラに触り始めるました。放っておいたらトラブルになる危険を感じたので、やんわり距離を置こうとしたのですが、そんなものは一切通用しません。最終的には強めに拒絶しなければならず、少し後味の悪い取材となってしまったのです。
先輩カメラマンに言わせるとこの辺りはパレスチナの難民が多く、動乱の中で生きている彼らはまともな教育を受けられないから、常識や理性が備わっていないことが多く調子に乗ると手に負えない、とこぼしていたのが印象的でした。日本では当たり前の感覚がまったく通用しない世界。それまでも多くの国でさまざまな人たちと接してきましたが、良い人もいれば悪い人もいました。どこの国でも悪い人は目つきからして危険な雰囲気を漂わせているものです。しかし、パレスチナの人たちは基本的に善良でした。ただ何の悪意もなく振る舞い無邪気すぎる彼らをみていると、そこにヨルダンの抱える難しい問題があるような気がしました。
2020年11月公開