ワールドカップでは取材を優先させるために、本来であれば飛行機を活用します。実際に南アとブラジルではすべての移動が飛行機でした。しかし、ロシアのフライトスケジュールを調べると、モスクワを中心に放射状に組まれているため、希望に合うフライトの本数が少なく、仮にあったとしても値上がりしてしまい気軽に手が出せない状況でした。
しかし、このワールドカップではメディア専用の寝台列車が用意されていて、事前に予約をすれば無料で利用でき、一般販売されている寝台列車でも高くて片道4000円程度だったのでコストパフォーマンスが抜群に良いことに気が付きました。
ただでさえ広大なロシアです。例えば、開催都市の最西端に位置するカリーニングラードと最東端のエカテリンブルクではおよそ3000キロ離れています。そのため交通の便が良いモスクワとカザンに定宿を設けて、そこを始点にして、寝台列車を活用したスケジュールを組むことにしたのです。
例えば、日本代表がセネガルと戦ったエカテリンブルクとベースにしていたカザンは1000キロ弱の距離で、寝台列車なら19時間もの長旅です。モスクワ経由の飛行機だとトランジットを含めて6時間から10時間くらいで移動できます。しかし、エカテリンブルクの宿はほとんど残っておらず、わずかに残っていた宿は高騰していました。合わせて空港までの移動を考えると、宿代が節約できる上に格安で利用できる寝台列車は悪くない選択でした。
心配された安全面ですが、乗車するときに厳しい身元確認があったのと、車内で移動できる区分が厳密に分けられていたので驚くほど安全でした。僕たちが愛用したのは2等車の4ベットコンパートメントでしたが、仲間を集めて部屋を身内で固めれば安心です。外国の方と同室になったこともありましたが、イビキが少し気になるくらいで、イヤホンとアイマスクをすると驚くほど良く眠れました。
20時間に及ぶ列車の旅。まずは仲間と乾杯!
電源付きなので仕事もできちゃいます。ベットの下に機材を収納できたのは安全面を考えると助かりました。
長旅なので停車中の運動は欠かせません。
これまでワールドカップは、南アフリカ、ブラジル、ロシア大会でAD保有者として取材してきました。大きな違いは2つ。ひとつは取材経費を圧倒的に安くできたことです。南アやブラジルは治安の悪さや広大な国土ゆえ、移動はすべて飛行機でした。ブラジルで日本の試合を撮るために片道8万円のフライトを買ったこともあります。このロシアでは民泊や夜行列車を使えたのが大きかったと思います。
そして、それを可能にしたのは何よりもロシア国内の治安の良さでした。南アとブラジルではスタジアムの外だけでなく、ピッチやプレスルームの中でさえも機材の盗難が相次ぎました。これは噂でしかありませんが、一説によると窃盗集団がADカードを入手して、我々のスキを窺っていたそうです。
まだずっと若いときにこうしたトーナメントでは「決勝のあとは気をつけろ」と先輩から忠告されたことがあります。なぜならば、大会が終わってしまえば、あとはそれぞれの国へ帰るだけです。最後の最後で手癖の悪い同業者にやられるパターンが多かったそうです。
南アとブラジルではそんな常識が全く通用しませんでした。なぜならば、開幕戦から盗難が相次いだからです。もし同業者であれば許されるものではありません。しかし、機材は自分のものを持ち運ぶだけでも苦労します。その状態で盗難品まで持ち運びながら、長い期間の取材を続けることはできません。仮にそんな大荷物の人間がいれば、かなり目立つでしょう。
そして、もし捕まればその大会だけでなく、業界そのものから永久追放される可能性もあります。そんなリスクを負ってまで、開幕から悪事を働くことはカメラマンとしては考えにくいですし、そう考えると窃盗団が紛れ込んでいた説は納得のいく話でした。
しかし、ここロシアではそうした盗難の話を耳にすることがありませんでした。なぜなのか。それはロシアのお国柄が影響していたように思います。南アもブラジルもVISAは必要でしたが、取得するのは難しくありません。しかし、ロシアはただの旅行VISAでも宿泊先の情報や招待状など審査が厳格です。
近年はだいぶ開放されてきてはいますがもともと閉鎖的なお国柄です。その名残が厳密な入国条件に反映されて、窃盗団のような身元が怪しい人間が入り込めなかったのではないかと、僕は考えています。
決勝の朝のことでした。フランスとクロアチアで争われる決勝戦は18時キックオフでしたが、僕たちカメラマンは撮影ポジションを確保するために朝9時にスタジアムへ行き、整理券をもらう必要がありました。
前日にサンクトペテルブルクで3位決定戦を取材していたオサちゃんが朝一で帰ってくるのを待って、スタジアムへ向かいました。
無事に整理券を受け取った僕たちは一旦、部屋に戻ることにしました。試合まで9時間、ポジションを選べるようになるまで6時間あったので、プレスルームのロッカーに機材を預け、部屋でランチを食べて身軽な状態でスタジアムに戻る予定でした。
しかし、ここで大問題が発生。マンションまであと少しというタイミングでオサちゃんが急に慌て始めました。
オ「タカスさん、ヤバいです! パソコン、電車の中に忘れてきました!」
タ「ええええええ!!? ロッカーに入れなかったの??」
オ「部屋で昨日の写真整理しようと思って、、、」
ダッシュで駅に戻るオサちゃん。しかし、ここは日本ではありません。残念ながらこの日、パソコンが見つかることはありませんでした。
最後の最後で大きなミスをしてしまったオサちゃんですが、大会が終わって2週間ほどしてから、ロシアの警察から連絡が入ったそうです。なんと紛失したパソコンが見つかり、無事に手元に届いたというのです。拾得物を届け出た人、さらに遠く日本にまで連絡をして、国際発送してくれた警察。キチンと務めを果たそうとする真面目なロシア人の国民性が伺えるエピソードでした。
泥棒!? ではありません。古い鍵に四苦八苦するオサちゃん。
ロシア人は寒い風土や過去の歴史から、ちょっと怖いという印象を持っていましたが、実際にはそんなことありませんでした。大都市モスクワのキヨスクでニコリともしないオヤジに「スパシーバ(ありがとう)」と感謝の気持ちを伝えると、だいたいハニカンでくれます。
そして、どこの国でも同じですが、地方に行けば行くほど親切な人が増えます。これは今回の取材でロシアを巡る旅をしたからこそ、知ることのできた事実です。
サランスクでお世話になった家主は取材のあと、スタジアムまで迎えに来てくれて駅まで送り届けてくれました。
最後にロシアの牛肉事情について触れておこうと思います。この旅では多くの自炊をしてきました。日本から調味料を持ち込み、取材スケジュールを考慮して献立を考えていたのですが、もっとも多く作ったのがステーキでした。下準備もなくパパッと作れるのが要因のひとつですが、当時、僕は厚切りステーキを焼くのにハマっていたのです。
そして、ロシアと言えば乳製品大国。スーパーでは牛乳やバター、ヨーグルトの種類の多さに驚かせられます。とにかくミルク愛が凄まじい。となれば、牛肉も、、と思い陳列棚をみると、さまざまな部位が豪快に陳列されていました。中には皮付きのグロテスクな牛タンまで。仲間からリクエストがあったので、牛タンを丸ごと購入して、ネットで捌き方を調べてました。初の試みで手持ちの切れない包丁での作業は困難を極めましたが、タン元のステーキは抜群のお味でした。
さて、ここで突然、たかクッキングのお時間!
本日のテーマは「厚切りステーキ」
【材料】
お好きなステーキ肉:お好きなだけ。
塩胡椒:適量。
ニンニク:お好きなだけ。
オリーブオイルまたはバター:風味を楽しむならバターがオススメ!
【焼き方】
作り方は簡単。まずはオリーブオイルでスライスニンニクを焼き上げます。このときにすぐに焦げてしまうニンニクの芽は取り除いておきましょう。余ったオイルはサラダのドレッシングに使いましょう。
そして、主役登場。どどんとステーキ肉。常温に戻したお肉に塩をふり片面3~4分。強火でキレイな焼き目がつくまで両面を焼きましょう。時間と火加減はお肉の厚さによって変えてね! お肉が厚い場合は弱火から中火でじっくりと時間をかけて。ここでしっかりと焼き目をつけることでメイラード反応が起こり旨味や香ばしさがアップします。
最後に胡椒をふってから、アルミホイルでお肉を包んで、しっかりと休ませてあげましょう。美味しいお肉には休息が必要なのです。こうすることで、予熱で火が通り、肉汁がお肉に馴染んでキレイなピンク色の断面になります。断面が赤く冷たいのは生、ほのかに温かいのがレア、ピンク色なのはミディアムレアと僕は認定しています。
写真整理よりも料理している時間が長かった説もある可愛いお肉たちがこちら。じゃじゃん!
わさび醤油で召し上がれ!
こうして僕たちは無事にロシアの旅を終えることができました。正直に告白するならば、日本代表の低迷や退屈なイメージのロシアに開幕前は魅力を感じていませんでした。だからこそ、せめてコストを抑えようと最初の宿選びを失敗してしまったのですが、、。
しかし、蓋を開けてみれば日本代表がまさかの大躍進。そして、ロシア代表の躍進やそれ以外の試合も好ゲームが多く、僕が取材してきたワールドカップの中ではベストの大会となりました。
こんなにも気分良く旅ができたのは、ロシア人の温かいホスピタリティによるものだったと確信しています。政治的な部分で緊張感があることは間違いありませんが、ロシア人のことを知りもしないで、必要以上に警戒すること「無知」の怖さを、今回の旅で学ぶことができました。
スパシーバ、ロシア!
長旅お疲れさまでした。おかげさまで楽しい取材ができました。スパシーバ、オサちゃん!
終わりッ
2020年10月公開