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ウィリアムズF1チームの歴史 VOL.2

F1の近代化

1985年がF1の節目と前回にお届けしましたがターボエンジン全盛期時代のウィリアムズF1チームはどのような戦いをしてきたのかを追っていきます。

1985年にナイジェル・マンセルがウィリアムズF1チームに加入。そしてキヤノンがメインスポンサーとなりマシンのウィングには大きくキヤノンのロゴが入るようになりました。キヤノンのロゴが貼られたマシンね!と覚えている人もいらっしゃるかと思います。

1986年にはネルソン・ピケがドライバーとして加入し9勝。その年の総合チーム優勝を勝ち取ります。もちろんターボ全盛時のホンダエンジンと言ったら超一流。どのチームもホンダエンジンを欲しがるようになります。それだけシャシーよりもエンジンでチームの強さが決まってしまうというそんな古きF1時代でした。

1987年もホンダエンジンを武器に総合チームチャンピオンを勝ち取ります。しかしながらホンダとウィリアムズF1チームにはわだかまりがあり、ホンダはこの年を最後にウィリアムズF1チームにエンジンを供給するのを打ち切ってしまいます。どうやらホンダはウィリアムズF1チームへの不満が溜まっていたようでして1984年から続いたウィリアムズ・ホンダ体制は一区切りをうつこととなります。

ホンダエンジンを失ったウィリアムズF1チームは1988年にはジャッドのエンジンを積みF1を戦い抜きます。しかし、ジャッドのエンジンはNAエンジン。NAエンジンは自然吸気エンジンと呼ばれターボエンジンとは比較にならないほど非力なものでした。1988年といったらホンダエンジンを積んだマクラーレン・ホンダが16戦15勝をするという快挙を達成しています。アラン・プロストとアイルトン・セナのどちらしか勝たない。ホンダ好きの日本人には嬉しい結果かもしれませんが、なんとも面白みの無い暗黒時代かと私は思っております。ですが、アラン・プロストとアイルトン・セナの確執は世間でも話題になるほどのものでレースよりもそちらに興味が注がれていた時代でした。

そんなターボ全盛時代にも終焉が突如としてやってきます。1989年からターボエンジンが禁止され、NAエンジン(自然吸気エンジン)のみでの戦いを余儀なくされます。この年ウィリアムズF1チームはルノーと提携しルノーエンジンを搭載します。ルノーとの開発もマッチしておりシーズンの後半には2勝をあげることができ、ここからルノーとの蜜月関係が始まります。

ターボという翼を失ったホンダ。1990年以降は徐々に失速が目立ち始めます。エンジニアのパトリック・ヘッドの元でコツコツと開発を続けるウィリアムズF1チームはアクティブサスペンションとトラクションコントロールいう強力な武器を熟成させつつあるのでした。

アクティブサスペンション
サスペンションを油圧で制御し車体の重心をズラすことなく一定に保つ技術。スキーのモーグル競技では選手の膝がサスペンション(バネ)として機能し、選手の上半身はあまり動いていないのを映像で見たことがあるかと思います。チーターも走る際に頭をブラさずに走る様子は見たことがあるでしょう。サスペンションとは姿勢制御に重要なパーツなのです。重心がズレれば早く走ることができず、それと同時に危険でもあります。そのサスペンションを機械制御してしまおうという当時は新しい技術でした。

トラクションコントロール
当時は、ドライバー自身がアクセルペダルの踏み込み加減を調整してエンジンの出力をコントロールしていました。アクセルペダルをベタ踏みすればエンジンの回転数は高くなりますがそれと同時にタイヤに伝わるトルクも大きくなってしまいタイヤが空転してしまいます。空転してしまうとタイヤを傷つけてしまい、そしてなによりも加速力が悪くなってしまいます。アクセルをベタ踏みしても適切なエンジン回転数を保ち空転せずに最適な加速力を得ることができるシステムがトラクションコントロールです。

ターボエンジンが禁止になってからというもの、ウィリアムズF1チームの開発力が徐々に光ってきます。1991年にはマクラーレン・ホンダと互角の戦いとなりますが一歩及ばず総合チーム優勝を逃してしまいます。1992年にはついに技術力がマクラーレン・ホンダを上回り、ナイジェル・マンセルが16戦中9勝をあげウィリアムズF1チームが総合チーム優勝を勝ち取りました。

1992年をもってホンダがF1から撤退するということもありアイルトン・セナは勝利から少しずつ勝利から遠ざかっていきます。1993年もウィリアムズF1チームに移籍をしていたアラン・プロストが強さを発揮。16戦中10戦もウィリアムズF1チームが勝ちチーム総合優勝をかっさらいます。

呪われた週末

1994年はF1で新たな節目となります。アイルトン・セナはホンダという翼を失ってしまい勝利から遠ざかっていたのですが、それまで総合優勝を2年連続で勝ち取っているウィリアムズF1チームに移籍という当時は大きな節目となります。それだけアイルトン・セナは勝利に飢えていたのでしょう。

F1はアクティブサスペンション、トラクションコントロールなど電子制御のハイテク化が進みマシンの開発コストが重荷になっておりました。そこでFIA(F1の競技ルールなどを決める団体)がハイテク装備を1994年から禁止するというルールを全チームに課します。ハイテク装備に頼らないドライバー自身の腕を期待して抜きつ抜かれつのレースを期待してのことでした。ウィリアムズF1チームはハイテク武装をしたマシン。そのハイテクという翼をもがれた形となります。

どのチームもハイテクが禁止されてしまい、ハイテクに頼っていたマシンは制御が難しくなってしまいます。その中でもハイテク頼ること無く開発を続けていたベネトンというチームの台頭が目立ち始めます。

そうベネトンのマシンを操るのは皇帝ミハエル・シューマッハ。

1994年はベネトンの快進撃によりミハエル・シューマッハが開幕2連勝で絶好調。そして運命の第3戦目サンマリノGP。イタリアのイモラにあるサーキットです。そこでモータスポーツ界を震撼させる出来事が起きてしまいます。そうアイルトン・セナの死です。

ウィリアムズF1チームのマシンはハイテクが禁止された結果、マシン制御が難しくなってしまいレース中にアイルトン・セナは壁に激突。そのまま帰らぬ人に。予選中にもローランド・ラッツェンバーガーが事故で亡くなっています。サンマリノGPは2人のドライバーが亡くなった最悪のグランプリでした。このことから呪われた週末と呼ばれ、このレースに勝ったミハエル・シューマッハは、

「満足はない。ただただ悲しいだけだ。」

とウイニングインタビューに応えています。

低迷を極めるウィリアムズ

1996年と1997年にもウィリアムズF1チームはチーム総合優勝を勝ち取りますがこの年を最後に総合優勝から遠のきます。ルノーとの提携が終わってしまい非力なエンジンで戦うということを強いられますが、2000年からはBMWとの提携が始まり強力なエンジンを手に入れることができましたがそれでもフェラーリには勝てません。

ミハエル・シューマッハのフェラーリ全盛時代の到来です。1996年にフェラーリに移籍したミハエル・シューマッハは1999年から全盛時代を迎えます。なんと6年連続のチーム総合優勝。2005年2006年とルノーに総合優勝を譲ってはしまいますが2007年2008年とフェラーリは連続で総合優勝。

F1は一強になりやすいスポーツです。また、資金力がものを言うスポーツであり潤沢な資金によってマシンの開発を行うチームは強くなります。現在はエンジン開発の抑制をルールで制定をしておりシーズンに使用できるエンジン機数も決まっています。

そんな中、ウィリアムズF1チームはプライベーターとしての意地としてF1を続けていきますがレースに勝てなければスポンサーが付きません。マシンはある意味広告なのです。全世界に映される中継映像には早いマシンがクローズアップされますが遅いマシンは映されもしません。勝てないチームほど中継映像に映る機会が少なくスポンサーが離れてしまう悪循環なのです。

プライベーター
自動車メーカーではない企業が運営する独立系レーシングチームのこと。

ワークス
自動車メーカー自身がチームを持つこと。フェラーリ、メルセデスなどがこれにあたる。

プライベーターのウィリアムズF1チームはスポンサー料と、TV放映料の分配金に頼るしかありません。TV放映料もその年の最終順位によって按分されると聞きます。ワークスチームは本業で稼いできた資金をつぎ込むことができます。フェラーリはF1に参戦する為に車を売っていると言われています(笑)

つまり、プライベーターは弱くなってしまったら最後。先程も悪循環に陥るとお伝えしましたがその悪循環から脱する為には、テレビにロゴが映らなくてもいいよと言ってくれる寛大なスポンサーがいないとならないのです。

ですが時はすでに遅し。コロナの影響で世界的な不況となってしまいチームは深刻な資金難に陥っていました。コロナの影響はF1の開幕を遅らせてしまいます。つまりレースが開催されないとグッズ収入などが減ってしまうのです。

私もF1鈴鹿グランプリに足を運ぶと好きなチームのグッズを数万円分買い込む癖がございます。そういった人達がレース毎に数万人もいるのです。グッズ収入は馬鹿にできないと思います。

そういったこともあり2020年8月にチームの売却を決断。
43年間の歴史に終止符が打たれたのでした。

コロナの影響とは断定はできませんが、コロナが決定打となったのは言うまでもないでしょう。

車椅子に乗りながらも毎レース足を運んだフランク・ウィリアムズ。途中、娘のクレア・ウィリアムズに運営を任せるもレースを愛し強力なマシンを作り上げてきたチームの運営手腕は素晴らしいものでした。

F1も「名物」と呼ばれる人材がどんどんとF1界から去ってしまい悲しい限りです。

ウィリアムズF1チームの歴史 終

2020年10月掲載

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