編集長 2018年9月のマレーシア戦を終えて、木崎さんは正式にカンボジア代表のスタッフになります。翌月再びカンボジアに渡るわけですが、本田圭佑選手はオーストラリアリーグの開幕間近で来られないためにフェリックスさんをサポートしていくことになるんですよね。
木 崎 10月に東ティモール、シンガポールとの親善試合があって、11月にスズキカップという東南アジアの頂点をかけて戦う大きな大会がありました。約2カ月、チームに帯同することになります。フェリックスの傍にいて、スタッフの数も少ないのでビデオアナリストとしてただ撮影していればいいというわけにはいかず。
編集長 実際ピッチに入って手伝っていく、と。
木 崎 アシスタントコーチ的なこともやっていかないと回らないところがあったので。紅白戦になるとサブ組のチームを担当していましたね。
編集長 サッカー経験者じゃないけど、そこは大丈夫だったんですか?
木 崎 ボールをなるべく触らないようにしていましたよ(笑)。選手が遊びでロンド(鳥かご)をやっていても、敢えて入らなかったり。
編集長 じゃあ選手は木崎さんがライターってことやサッカー経験者じゃないってことを知らないんですかね?
木 崎 おそらく……本田が日本から連れてきた人くらいにしか思ってないんじゃないですかね。コーチって選手から言われると、ちょっとむずがゆいところがありました。
編集長 映像担当としては練習の撮影などどんなふうに。
木 崎 本田が投資している会社にドローンを扱うところがあって、そこからドローンを借りてきて紅白戦では全体を把握できるように撮影しました。ドローンなんて日本じゃ飛ばしたことないので、見よう見まねでやりましたよ。練習施設に高い場所がないので、ドローンを使うしかなかったんです。
編集長 フェリックスさんの相談にも乗っていたんですよね?
木 崎 ヨーロッパの監督はマネジメントとしてこういうときはこういうことをやっていましたよ、とか聞かれたらそういった情報を伝えていく形ですよね。練習メニューを一緒に考えたり、ミーティングでどんなことを伝えるか準備をしたり、今まで取材したことを活用できる楽しさみたいなところは感じましたね。
編集長 しかしチームマネジメントは実際やってみると、予期しなかったことが起こったり、簡単じゃないってところが出てくるんですよね?以前ちょっと木崎さんから聞きましたけど、「10番問題」がまずあったとか。
木 崎 ずっと10番をつけていた選手が実質的には引退して、後輩に番号を譲っていたんですよ。そうしたら本田が実質的な監督になることに興味を持ったらしく代表に戻ってきて、それで10番をつけるということでちょっとしたいざこざがあって……。
編集長 あと「朝帰り事件」も。
木 崎 親善試合2試合終わって合宿も長くなるからって1日オフにしたんですよ。ただ朝のミーティングを終えてからだよ、と。そうしたらメンバーのうち2人がそのミーティングにやってこない。どうも前夜に飲みに行っていて、1人はミーティングが終わった後にやって来たんですけど明らかにお酒臭いんですよ。
編集長 言い訳もせず?
木 崎 いや、奥さんが急病になって病院に行ったって言うんですけど、明らかに二日酔いみたいな感じでしたからね。
編集長 もう1人は?
木 崎 ミーティングが終わっても来なかったです。すっぽかしましたね、完全に。
編集長 こういう場合はペナルティーを科すわけですか?
木 崎 スズキカップが控えていましたし、26人のメンバーのうち登録の関係で23人にしなきゃいけなかったのでフェリックスも僕も、外してもいいという考え方でした。でもオーストラリアにいる本田に報告をしたら、「それくらいのメンタルを持っているようなヤツじゃないと活躍できない。長い目を持って育てていかないといけない」と。結局、選手たちにペナルティーを決めてもらおうということになったんです。
編集長 へえ、面白い。
木 崎 調べてみるとドイツのライプツィヒはダーツで決めていました。選手はお金を持っているんで、罰金制度じゃあまり効き目がない。ファンショップで1日アルバイトとか、サッカースクールで指導するとか、(ラルフ・)ラングニック監督の下で働いていたコーチが考えついて、少なくとも2018~2019年シーズンはやっていたようです。
編集長 日本の場合は罰金が多いけど、ユニークな罰をダーツで決めるというのは取り入れても面白いかも。カンボジア代表もダーツ案が検討されたんですか?
木 崎 いやいや、こちらはもう選手だけで話をしてもらって、決めてもらいました。レッドカードとイエローカードの2つを設定して、朝帰りしたらレッドで2試合の出場停止だと。
編集長 イエローカードでは?
木 崎 ホペイロ(道具係)を1週間手伝うとか、クリーニングが終わったものを1週間みんなに配るとか、1曲歌うとか。
編集長 面白い(笑)。逆にチームの絆が強くなるかもっていうアプローチですね。
木 崎 これはライプツィヒを参考にさせてもらいました(笑)
スズキカップでのベンチの風景。本田監督は第2戦から加わった。右から4人目が木崎さん(写真はカンボジアサッカー協会提供)
編集長 11月のスズキカップでは第3戦のラオス戦で勝って、本田体制になって初めての勝利をマークします。
木 崎 結局1勝3敗という成績でしたけど、チームは明らかに前進しているなっていう実感がありました。本田はスズキカップの2戦目から指揮を執ったんですけど、フェリックスと僕は本田のいない初戦のマレーシア戦で勝ちたかった。だから負けた後、悔しさが凄く大きくて。そのときに思ったんです。負けた後、監督がインタビューを受けるのって大変だよなって。
編集長 チームの内部に入ったからこその発見なんですね。
木 崎 スズキカップ前の親善試合2試合も勝てず(1分け1敗)、準備したものが勝利につながっていかないもどかしさがありました。ようやくラオスに勝って、うれしかったし、ホッとしたというところが正直な思いです。
編集長 翌2019年2月にはAFF(東南アジア連盟)U-22選手権でマレーシア、ミャンマーに勝ってグループステージを1位で突破。本田監督が来られないなかでフェリックスさんが木崎さんのサポートを受けつつ結果を出しました。あのときミーティングで用意した映像がマンチェスター・シティのGKエデルソンがFWセルヒオ・アグエロにゴールキックを送って、ゴールするというシーンだったとか。
木 崎 あれは本田に対するジャブです。彼がいるときは一つひとつ「この映像を使いたい」って許可を取るんですけど、いないときはある程度自由なので。ロングを蹴らないのが本田の方針なんですけど、選手が窮屈そうにプレーしているなって感じていたのでちょっと入れてみることにして。そうしたらロングを効果的に使って勝利できたんです。まあ、本田からすれば「こいつ分かってへんな」ってなるんでしょうけど(笑)。でもそれでいいんです。本田に認められたいと思ってやっているわけじゃない。わざと打ち続けるというか、刺激を送るというか。
編集長 取材者と選手という立場でずっと真剣勝負をしてきた2人ですけど、今一緒にプロジェクトをやる運命になっても、そこは変わらないんですね。
木 崎 スタッフですけど、僕は書き手なので。その意味ではおいしい環境ではあるんです。本田をすべて内部から見ることができますから。
編集長 スタッフ業務をこなしながら、本田選手がしゃべることをメモしたりするんですか?
木 崎 ロッカーだとハンディカムカメラを回していて、それは自分用でもあるんです。そこで彼が何をしゃべっているのか、全部文字にして起こしています。
編集長 カンボジアで彼と間近で接してきたからこそ、やっぱスゲエなって思うことあったりします?
木 崎 スピーチ力は圧巻ですね。英語もドンドンうまくなっています。去年9月、カタールワールドカップのアジア2次予選でバーレーンと対戦して、0-1で負けました。守って守って何とか引き分けにできそうだったので、僕も凄くショックでした。でも本田は「4万人のファンがスタジアムにきて、応援してくれた。こういうときこそ顔を上げて、ファンにありがとうを言いに行こう」と。みんなの気持ちが沈んでいるときに、こうやってカッコ良く振る舞えるところは本当に凄いなって思いますね。
編集長 何だかんだ言って、木崎さんのリスペクト感が伝わってきますよ。カンボジア代表での話はここまでにして、本田選手との出会いをちょっと振り返ってもらおうと思います。
2020年9月公開