アマチュア野球の聖地、明治神宮球場
JR信濃町駅から神宮の杜を抜けて神宮球場へ。聖徳記念絵画館の前を歩いていくと、かつて軟式野球場だった場所が陸上のトラックになっていた。とはいえホームベース裏のネットは残り、土の部分は雑草が目立つという荒れ果てたグラウンド。いったいここは…。
神宮球場横の軟式野球場は変わり果てた姿に
調べてみると、軟式野球場は2019年に閉鎖されていた。2020東京オリンピック・パラリンピックの陸上サブトラックとなり、オリンピックが終わったらトラックはなくなり、2023年には広場になるのだという。雑草が生い茂っているのは、オリパラが延期となり、工事が一時ストップしているからだろう。
「若いころ、ここで野球をしたことがあります。四隅で試合をするから、外野を守ると別の試合の外野手と距離が近くて、微妙な空気が流れるんです」
豆知識が豊富な近藤カメラマンが教えてくれた。
アマ野球の歴史を刻んできた神宮球場
さて、神宮球場に到着だ。正式名称は明治神宮野球場で、竣功は1926年(大正15年)。1980年7月31日、重厚な神宮球場の歴史に新たな1ページが加わった。
高校野球西東京大会決勝、国立と駒大高の一戦は午後0時59分に試合開始のサイレンが鳴った。試合は国立の市川、駒大高の奥田が投げ合い、ともに好機を作りながらもスコアボードにはゼロが並び続けた。
迎えた9回表、国立は無死二、三塁の好機を作る。奥田はここで踏ん張り、次打者を三球三振に打ち取る。しかし続く打者、市川が二球目をスクイズ。フワリと上がったボールは、駆け寄った奥田のグラブをかすめてグラウンドに落ちる。国立がついに均衡を破った。勢いに乗る国立はさらに適時打で2点目を加えた。
9回裏、国立は駒大高に反撃を許さず二死。市川は最後の打者を見逃し三振に仕留める。投げ終えたエースが軽く笑みを浮かべると、ナインがマウンドに集まってきた。ミッションインポッシブルが完遂された瞬間だった。
国立ナインがパレードを始めたJR国立駅。手前は復元された旧駅舎
都立高が甲子園初出場 国立駅から異例のパレード
8月1日付け朝日新聞東京版はお祭り騒ぎの紙面展開だ。中でも力の入り方が並みじゃないと思わせるのが「優勝ドキュメント」である。試合が終了したあとの部分を転載してみよう。
15:06 国鉄国立駅長室でテレビ観戦中の河原美代志駅長と立川運輸長室の小川進副長が「とうとうやりましたね」と握手。国鉄西鉄道管理局と「祝国立高甲子園出場」の横断幕作製を打ち合わせた。
15:20 閉会式始まる。
16:30 立川署国立駅前派出所に、国立高優勝パレード警備本部(飯島清次本部長以下八十人)を設置。同駅から一・二キロのパレード警戒。
17:00 都立国立高の甲子園出場を告げる号外四万五千部を積んだ朝日新聞のトラックが中央高速道国立インタチェンジ到着、待ち構える地元販売店員に引き渡す。
17:32 国立ナイン、国立駅前から優勝パレードを開始。無精ヒゲを伸ばした市川監督に、「甲子園でも頼むよ」と市民から声援が飛んだ。
駅から学校までおよそ20分のパレード(行進)には、1万人の市民が詰めかけ、ナインが学校に入ると、市民1500人が校庭になだれこんだという。
甲子園に都立勢として初めて出場した国立は大注目を浴びる中、大会初日の第3試合で、前年に史上初の初夏連覇を達成した箕島(和歌山)に0-5で敗れた。
こうして国立の“奇跡の夏”は終わった。
国立が甲子園出場を決めた前日、同じ神宮球場では東東京の決勝が行われ、早実が二松学舎大付を10-4で下して優勝した。1年生投手の荒木大輔が完投。荒木は甲子園で大活躍してチームの準優勝に大きく貢献し、社会現象とも言える“大ちゃんフィーバー”を巻き起こす。荒木はこのあとも甲子園に出場し続け、高校野球のアイコン的存在となった。
この夏、神宮から歓声が聞こえてくることはない
神宮ではその後も高校野球のスターたちが活躍した。
2006年、エース斎藤佑樹を擁する早実は西東京大会決勝で日大三と死闘を演じた。3-3で迎えた延長10回表、日大三に1点を加えられながら裏に追いつき、11回にサヨナラ勝ちという劇的な勝利。斎藤は最後のバッターを打ち取るまで221球を投げ抜いた。
斎藤はこの年の甲子園で獅子奮迅の活躍をみせ、決勝では駒大苫小牧の田中将大(現ニューヨークヤンキース)と投げ合い、延長15回1-1で引き分けた。翌日の再試合も1人で投げ抜いて4-3で勝利し優勝を飾った。投球回数69、投球数948は史上最多。ポケットからハンカチを出して汗をぬぐう姿から“ハンカチ王子”のニックネームがつき、一躍国民的アイドルとなった。
2017年の早実、清宮幸太郎は西東京大会決勝で涙を飲んだ。東海大菅生との一戦は2-6の敗北。高校通算107本塁打をマークしていた清宮は3打数1安打。怪物は最後の夏、甲子園の土を踏めず、秋にはプロ入りを表明した。
夏の甲子園が中止となった2020年夏、東京では7月18日から8月10日にかけて独自の高校生大会を開催する。東東京と西東京に分かれ、それぞれの優勝校が東京ナンバーワンを決めるべく、8月10日にダイワハウススタジアム八王子で対戦する。
東京の高校野球の聖地、神宮球場は残念ながら都合がつかず、この大会の会場にはなっていない。
しぶさんぽシーズン4 おわり
2020年7月掲載