またか。
朝起きてカーテンを開けた時の第一声がこれだった。
学生時代から、いつも大事な時には雨が降る。テニスの試合、好きな子誘った初デート、就活の最終面接など、その実績は枚挙にいとまがない。
そして今日は、ものすごく楽しみにしていた取材の日であった。そして同時に、リベンジでもあった。実は3月にSPOALの取材で元ボクシングWBC世界バンタム級王者山中慎介さんとお買い物へ行った時も、朝からがっつり雨だったのである。
前夜は都内TOP5に入ったであろう気合で晴れを願って床についたのだが、冒頭の通り。リベンジに失敗し、ジンクスは継続ということで予定通り取材を迎えることになった。
今日の舞台は新宿
「新宿は~豪雨~」
駅を降りると、東京事変の名曲『群青日和』が聞こえてくるレベルの豪雨になっていた。きっと神様が今日の取材に嫉妬しているのだろう。私クラスにもなるとこう解釈する。嘘ではない、今日はとても奇跡のような取材なのだ。
開発が進んでより洗練された風景のJR新宿駅新南口を出て、歩くこと数分で目的地へ到着した。
スニーカーショップatmos 新宿店だ。
5月末にリニューアルオープンし、今東京で最注目なファッションスポットのひとつになった。店内に入ると、そこにディレクターの小島奉文さんがいた。前回の『フットワーク!』に続き、ホスト役をお願いしたのだ。
今日は、ファッション×スポーツの切り口として「TOKYO」をテーマにしてみた。東京に拠点を構え今年が20周年というアニバーサリーイヤーのatmos、そしてその中心にいる小島さんはまさにこのテーマにうってつけの存在だった。
そしてもうひとりは、三宅諒さん。
ロンドン五輪銀メダリストのフェンシング選手である。今年はスポンサー契約継続を自ら保留し、Uber Eatsの配達員アルバイトをスタートして話題にもなった。来年に延期となった東京五輪を目指しながら、日々東京の街を走り回る彼もまた、このテーマにピッタリだ。
今日はそんな三宅さんが、atmos新宿へ買い物にやってくる。
練習再開を目前に控えた三宅さんを足元から支える最高の1足、必ずや見つかるであろう。そこで待つは、かつて山中慎介をもノックアウト(お買い上げ)した、世界に名を馳せるスニーカー界のレジェントなのだから。
三宅諒、atmos新宿へ初来店。
ほら、やっぱり神様の嫉妬じゃないか。
写真の通り三宅さんが来店した時にはすっかり雨も止み、ついでに後光がさすという粋なアシストまで付いてきた。
「うわあ、すごい。」
リニューアルした新宿店に足を踏み入れるなり感嘆の声をあげた三宅さんを、小島さんが笑顔で出迎える。真っ先に目についたのは、彼のコーディネートだ。ネイビーシャツにライトグレーのチノパン、そして足元にはasicsのスニーカーを履いている。asicsはオリンピック日本代表で馴染みの深いブランドだが、実はこのモデルのデザインを手掛けたのは小島さん。まさに今日にうってつけの一足なのであった。
軽い挨拶を済ませ、いよいよショッピングの時間に。
まず最初に向かったのは、窓際にズラリと並んだTシャツのコーナーだ。もう初夏を迎えていることもあり、NIKEを中心に数々のモデルが取り揃えられていた。
「ここ(フェンシングの)仲間たちと来たらすごい喜ぶんだろうな」
と言いながらTシャツを見て回る三宅さん。フェンシングの先輩後輩が、こうしたスポーツブランドのアパレルやスニーカーが大好きなのだという。三宅さんはそうした仲間たちに情報を教えてもらいながら買うことが多いようだ。
買い物は普段からするのだろうかと聞いてみた。
「普段はないですね。ショッピングは海外です。時差調整で寝れなくて、部屋から出て動かないといけない時に行きます。パリとかニューヨークとか、先輩後輩たちに付いて教えてもらいながら買ってました。そうやって何年もインスパイアされてきたので、最近はようやく自分の中にも知識が溜まってきたんですよ(笑)」
アスリートのショッピング事情は、競技それぞれ・人それぞれで面白い。
例えば、Jリーグ屈指のファッショニスタであるヴィッセル神戸の守護神である飯倉大樹さんにとってのショッピングは、リフレッシュの一環。練習後やオフの日など、合間を縫っては買い物へ行く。
一方ハンドボール日本代表でジークスター東京に所属する信太弘樹さんは、タイトルを獲った後やビッグゲームに勝利した時に記念に買うことが多い。先日取材した総合格闘家の芦田崇宏さんもこのタイプで、そうやって買ったアイテムに対して深い思い入れを持っている。
三宅さんにとってのショッピングもまた、他の誰とも異なるポジショニングだった。今日のように国内でゆっくりと買い物をする機会は珍しいらしく、とても楽しそうだ。
Tシャツをじっと見て回っているが、実はあまり着る機会はないという。今日のコーディネートを見ても分かる通り、シャツやジャケットを組み合わせたキレイ目なテイストが好きなのだ。
「僕はスポーツ畑ですけど、例えば表彰式とかで思いっきりドヤ顔でスーツを着たりしたいんですよ。だからむしろスーツを着るために頑張っているようなところもあります(笑)」
という三宅さんに対し、小島さんは、逆にスーツを着たくないからこの仕事を選んだと言ってお互いに笑い合う。こうしたコントラストを見ることが出来るのも取材の醍醐味である。
さて、ここからはいよいよスニーカーの時間へ。
どれだけ好みが分かれた人同士でも、足元でつながることができるのがスニーカーだ。フォーマルでも、カジュアルでも、キレイ目でも、ルーズでも、全ての足元に合う。
論より証拠だ。
三宅さんのキレイ目なコーディネートの足元には、小島さんの想いがたっぷりと詰まったスニーカーが。今日が始まったときから、ふたりはつながっていたのである。
2020年7月掲載