少しだけ時を戻そう。
一行は公園を歩きながら、体育の授業内容について話していた。
「やっぱりバスケしかないでしょう!」
当たり前である。なにせ2人とも履いているのはエア・ジョーダン1なのだ。それに、宅万先生は大のバスケ好きで、今でも1ヶ月に1回を目安に定期的にプレイしている。コレクションの中にはバッシュも数多くあり、NBAの試合を見るのも大好きなのだそう。昨年暮れにNBAオープニングゲームが日本で開催された時に観戦へいったほどだ。
「バスケほとんどやったことないんですよ….最後にやったのは(高校の)体育の授業ですかね。それに僕がやったら絶対トラベリングしちゃいますよ、ハンドボールは3歩いけるので(笑)」
そう反応する、信太選手。確かにハンドボールとバスケットボールはルールがまるで異なるため、動きも苦労しそうだ。
「ドリブルの仕方も全然違うので、反則しまくっちゃいそうです。それに今日は(スキニーの)デニム履いてるけど大丈夫かな…」
ルールや服装など、気がかりなことが多い信太選手。
かくして、現役バリバリのハンドボール日本代表選手(バスケ経験ほぼなし)VS日本スニーカー界の寵児(バスケ月1ペースでプレイ)の戦いが実現することとなった。
いざ、バスケットボール!
いよいよ、体育の時間がはじまった。
ルールは至ってシンプルな1on1形式で、4点先取のゲームだ。1点取る or ボールを奪われると攻守交代になる。
宅万先生の先攻で、ゲームスタート!
「やべえ…全然抜ける気がしない(笑)」
苦笑いしながらそうボヤく宅万先生だったが、目は本気そのもの。機敏なドライブで信太選手をかわしてレイアップシュート。これが見事に決まり、先制に成功した。
1対0。攻守交代、信太選手の攻撃。
「わかんない!わかんない!バスケってどうやって抜けばいいかわかんない!」
これがアスリートの発言かと耳を疑ったが、フィジカルプレイをしてみてはどうかとアドバイスをしてみた。するといきなり本気のポストアップが発動してしまい、一般人の宅万先生が一瞬で弾かれてしまった。
これは….本物だ。
そして極めて自然な流れでドリブルに入った、それも2回。
これは….ファウルだ。
完全なるダブルドリブルである。ハンドボールではセーフ、バスケットボールだとアウト。
1対0のまま、攻守交代。宅万先生の攻撃。
ここで宅万先生が一気に勝負をかけに来た。華麗なステップワークからまたしてもドライブで切り込みゴールに迫る。そしてお手本のようなレイアップシュートを放ったその刹那、信じられない高さに伸びた腕がボールを叩き落とした。
「あ、あれ届いちゃうの….」
そこにいたのは、紛れもない最強のアスリートだった。
信太弘樹、躍動する。
またも1対0のまま、攻守交代。信太選手の攻撃。
ここから怒涛のショータイムが幕を開けた。
「無理!これ絶対無理!止められないよ(笑)」
さっき覚えたばかりのフィジカルを活かしたポストアップで着実にゴール下へ迫り、あっさりと得点を奪った。これで、同点。さらにその後の宅万先生の攻撃も防ぎ、自分の攻撃ではまたしてもゴール下からのシュートで連続ゴールを決めた。
1対2。信太選手による電光石火の逆転劇だった。
攻守が交代し、再び宅万先生の攻撃に。ここで流れを変えるべくチャレンジを仕掛けてきた。ドライブで仕掛けていくと見せかけて、遠目からシュートを放ったのだ。虚を突かれた信太選手は全く反応できず、ボールはきれいな放物線を描きながらゴールへ向かったが、惜しくもフレームにあたって外れてしまう。
「あ、危なかった…決まったかと思いました」
ホッとしている信太選手は、攻守交代するとすぐに安定の勝ち筋であるポストプレーで再びゴールを決めた。これは、完全に戦闘モードだ。本業のハンドボールでは名門大崎電気の点取り屋として活躍してきただけあって、とにかく得点への執着心がすごい。しっかりとパターンを見つけたら、確実にそれを反復遂行している。たとえ一般人が相手でも、手を抜かない。
1対3。宅万先生が先攻して始まったのに、勝利に王手をかけたのは信太選手だった。
そして攻守が交代。もう後がない宅万先生は、この日最大の切れ味のドライブで信太選手を抜きにかかる。ここで差を縮めたら勝負の展開もおもしろくなるかな、という想いを載せたボールは、一瞬で信太選手の長い腕に叩き落された。
「今のも止めちゃうんだ…結構離れてたのに」
フォローでもなんでもなく、本当にその通りであった。しっかり距離を取り、シュートも確実にゴールを捉えていたのだ。ただ、思った以上に腕が長く、そして信じられないレベルで跳んだ。ただそれだけの話だった。
そして信太選手の最後のプレーは、
まさかの、シュート!
これまで勝ちパターンだったポストプレーのイメージが刷り込まれていた宅万先生は、完全にディフェンスが出遅れていた。その軌道はゴールへ一直線に向かい、そして見事に決まった。最後まで決めきるその力は、やはり現役の日本代表選手である。
最終結果は1対4で信太選手の勝利。
バスケ全然やったことがない、今日はスキニーデニムだけど大丈夫か、などと本人は懸念していたが、すべて壮大な前フリ社交辞令だったことが見事に証明された。
こうして体育の授業は、終了した。
充実した一日を終えて
バスケットボールの時間を終えたふたりの顔は、少しの疲労感とたっぷりの充実感で溢れていた。
「本当に最高でした。ハイカットでも全然普通に動けましたね。やっぱりジョーダン早く買います(笑)」
信太選手にとって、初めてエア・ジョーダン1を履いて、そして実際にプレイするという体験は最高なものになったようだ。
「そう言うと思った(笑) 今日は大成功でしたね!僕はおろしたてだったからめちゃくちゃ気を使いましたけど、アスリートの人とバスケする機会もそうそうないですし楽しかったです!」
宅万先生にとっても、今日はいい日になったようだった。市場価格で10万円以上もするようなレアモデルのエア・ジョーダン1をおろしてくれたその心意気に、改めて敬意を評したい。
「スニーカーの世界って”スモール・ワールド”なんですよ」
スニーカーショップ「atmos」のディレクターである小島奉文さんが、そう言っていた。スニーカーひとつで、いろんな人とつながることができるという意味だ。
アスリートだって、アーティストだって、タレントだって、スニーカー好きな人はたくさんいる。そんな人達とちょっと話してみれば、初対面だったとしてもほんの数時間でこんな笑顔になれる。
筆者も年2回ほどニューヨークへ取材に行くのだが、ちょっといいスニーカーで歩いていると「超クールだな」「似合ってるぜ」と知らない人にも足元をイジられる。まるで世界の”共通言語”とも呼べるものなのだ。
今日は、その中でも特にアイコニックなモデルであるエア・ジョーダン1を履いたふたり。先生と生徒という時間を終えたいまは、ただのスニーカー友達である。
この出会いに、ジョーダンの御加護を。
SCHOOL OF KICKS 終
2020年4月掲載