「まさに〝島原の乱〟なのかもしれないな」
ア式蹴球部監督として初采配となった桃山学院大との「散々な」ゲームを見届けた後、外池大亮は宿舎に戻ると心のなかでそうつぶやいた。部屋に閉じこもったのはしばらく考える時間にしたかったからだ。
自分勝手だと思えた岡田キャプテンのプレーが、もし自分への反発から生まれたものだとしたら……。
「チームが始動して1カ月、ピッチ内外で順調にチームづくりが進んでいると思っていたので一発目の試合は自分のなかでも楽しみにしていたんです。試合でやるべきことをミーティングで確認して、いざ臨んでみたらまったく違っていて……。キャプテンに、受け入れられていなかったのかもしれないなと思うとやっぱりショックでしたね。もし岡田が謝ってこない状況であれば、始まったばかりですけど辞任することを覚悟しましたね」
もしキャプテンが監督としての自分を認めなかったら、他の部員も追随するかもしれないと考えた。だから今まで想定もしなかった「辞任」まで頭に入れておかなければならなかった。
何かがあったときに、最悪のことまで想定する。これはビジネスで鍛えられた自己マネジメント。いくら順調に来ていたと思っていても自分の考えどおりに進まないことは、何度も経験してきた。風呂に入って体を温め、これから修羅場になるかもしれないなと気を引き締めた。
トントントン。
風呂場のドアを叩く音がした。「部屋、空いていましたよ」と入ってきたのは、キャプテンの岡田だった。
いきなりの直接対決。
風呂場を出て、部屋で話し合いの場を持った。
ちょっと間を置いてから、キャプテンが神妙な顔つきで口を開いた。
「すみませんでした!」
外池はフーッと息を吐いた。キャプテンはチームをうまく回そうと思ったが、それができなかったことを詫びてきたのだった。外池への反発ではなく、むしろ新チームを引っ張りたいという思い。それが悪い形に出て、ピッチでの一人よがりなプレーにつながったのだと理解できた。
外池は再び覚悟する。
甘い言葉を掛けたところで、何も解決しない。早稲田を背負うキャプテンはそんな甘いもんじゃない。心を鬼にして、厳しい言葉をぶつけることにした。
「俺から見たら、みんなのことを信じていないように見えた。初めての試合で、それぞれの役割を持って臨んだのに、それをキャプテンから崩した。キャプテンがみんなを信じなくてどうする。信じないヤツに、人はついていかないよ」
事態を心配していた他の4年生も外池の部屋に入ってきた。キャプテンは監督が指名するのではなく、4年生で話し合って彼に決めた経緯がある。彼らもまた厳しい言葉をキャプテンにぶつけた。そして外池は声のトーンを落として、みんなに言った。
「もういい。これからどうするかはお前たちで決めてほしい」
周りを信じてこそ、周りから信じられてこそのキャプテン。大事な責任を負う立場だからこそ、今回の〝事件〟をうやむやにはしなかった。
その翌日、4年生全員で外池の部屋を訪れた。
「岡田はしばらく試合に出さないでください。本人も納得しています」
彼らでじっくり話し合って、出した結論だった。そして失意のキャプテンはもう一度、静かに頭を下げた。外池も頷いた。
これはキャプテンの覚悟を問うただけではない、暗に4年生全員にも覚悟を求めていた。岡田キャプテンは島原遠征中、雑用係に回った。信頼を取り戻すために、彼ももう一度自分に向き合おうとしていた。
「岡田は川崎フロンターレU-18出身で誰から見てもうまいし、カリスマ性があることはみんなが認めていました。だからまあ、早稲田をしっかり背負えるキャプテンとなって戻ってきてほしい、と。この一件がキャプテンだけの問題じゃなくみんなの問題だと考える契機になって結果的には良かった。それからはもっとみんなと濃密になっていける感覚もありました。まさに〝雨降って地固まる〟でした」
島原合宿では最後の2日間で4試合のうち、勝ち点10を取ることを目標設定した。
結局はそれを超える4連勝の勝ち点12。外池自身、チームが一つになっていく感じをつかみかけていた。
関東大学1部リーグは4月8日に開幕。前期の登録メンバーで、岡田キャプテンはこれまで着けていた背番号「10」ではなく、「29」になった。30人の登録で「30」はGKが着用することが決まっていた。
下からはい上がってこい。
外池のそんなメッセージが込められていた。
開幕から4連勝を飾り、2部から昇格したばかりのワセダは首位を快走していくことになる。キャプテンの岡田、相馬勇紀(鹿島アントラーズ)、小島亨介(大分トリニータ)を中心にまとまったチームは勢いに乗った。7月の中断期間に入るまで、11試合中負けは1つしかなかった。
ただ、これは試合に出る選手たちの頑張りがあったのはもちろんのこと、チームを支える他の部員たちの頑張りがチーム全体のパワーに変えていったというほうがいいだろう。
マネジメントコーチを担当する矢後はこう語る。
「僕らが外池と一緒にやっていたころは、運営の部分はなかなかうまくいってなかったと思います。注目を集める早慶戦にしても、マネジメントのところでは慶応にお任せ状態でしたから。そういったところで手伝いできることがあるんじゃないかと思って、外池からの依頼を受けたんです。実際に中に入ってみたら、今の学生は凄くしっかりしていました。進むべき方向に迷いが出たら、アドバイスを送るくらい。基本的には、彼らがやっていることを横で見ているようなイメージです」
外池の発案で、部全体のミーティングが毎週開かれることになった。今取り掛かっている自分の役割を話す場であるともに、仲間が何をやっているかを把握することができた。小さい改革かもしれないが、この報告の場が大きかったと矢後は強調する。
「マネジメントコーチは、みんなの仕事を僕が評価するという役目。でもみんなに報告することで、みんなで分かり合えるということが一番。ああ、アイツは今、こんなことをやっているんだって知る公の場がこれまではなかったんです。周りのことも分かるし、自分のことも分かってもらえる。当然、刺激にもなります」
矢後は後ろから全体を冷静に眺め、余計な口出しはしない。まさに自主性を促すマネジメントに、外池は自分の目に狂いがなかったと確信した。OB会との折衝なども、矢後が担当した。矢後をはじめ、コーチングスタッフのみんなが外池の改革を後押ししてくれたのだった。
外池は彼なりの表現で矢後に感謝を表現する。
「ホントに助けられています。僕、全体を見ているようで実は見えていないところも多いので。僕らがア式蹴球部の学生だったころ、大雪が降ったなかで練習してボールを探すのに大変だったことがあるんです。でも矢後って、必ず見つけるんです。見えにくいところをしっかり見ている。そんなヤツでしたから」
嵐の島原合宿から充実の春を経て、外池ワセダは勝負の後半戦へと向かっていく。
2019年11月掲載