2018年、ワセダにあの男が帰ってきた。
外池大亮、そのとき43歳。
ア式蹴球部時代に20年ぶりの関東大学リーグ制覇に貢献したストライカーはベルマーレ平塚(現在の湘南ベルマーレ)を皮切りに横浜F・マリノス、サンフレッチェ広島など6クラブを渡り歩き、ディフェンダーもこなす泥臭いフォワードとして人気を博した。惜しまれながら33歳で引退し、現役中からインターンシップに積極的でその才と行動力を買われて引退後は電通に入社。サッカーのスポンサー営業を担当する優秀なビジネスマンとなり〝華麗なる転身〟に成功したのだ。今度はサッカーコンテンツ事業に深く関わってみたいとスカパーJSATグループに転職して、番組制作や編成などを担うことになる。バリバリと仕事をこなす外池に目を留めたのがア式蹴球部のOB会だった。関東大学リーグ2部から1部に復帰するタイミングで外池は監督就任を正式に要請され、新しいワセダをつくるために受諾した。
その経緯を彼はこう振り返る。
「競技のこともビジネスのことも両方を分かっている人がいいんじゃないかという声がOB会に挙がったそうで、そこで『どうだ?やれるか?』と。僕も会社員なので、そのあたりがクリアになったらぜひやってみたいと思いました。Jリーガーで10年やって、社会人で10年やって、あっこれは自分がやるべき自分のチャレンジじゃないか、と」
フルタイムの指導になれば、勤務する会社からの出向というケースもある。しかし外池は会社と大学の業務提携という形態にこだわった。監督業は「この国のサッカーの未来のために」を謳う会社にとってもコンテンツの可能性を広げるものだと、スカパーJSATグループの理解と後押しを得ることができた。監督業と社業の両立は自身の経済的な見地ではなく、監督としてもビジネスマンとしても相乗効果が出てくると確信を持ったからだ。時間を有効活用する一人働き方改革こそが、壮大なチャレンジの根幹にあった。
学生は受け身ではなく、自分たちからアクションを起こしてほしい。受け入れるよりも先に自分に問い掛けてみる。今の学生たちにはここが抜けているんじゃないかと感じていた。
外池はまずマーケティングを開始。部員に無記名で「早稲田らしさとは何か?」とアンケートを実施した。「エリート」「文武両道」などなど肯定的な回答が8割を占めた。外池が注目したのは「エリート意識じゃ勝てない」と否定的な2割の意見。現状を良しとしない、問い掛けていく土壌があることを把握した。
早稲田らしさを、自分たちで考え、そして自分たちでつくっていく。
そのためには部訓「WASEDA The 1st」を「考え直してみないか」と提案した。その瞬間、ザワついたという。
「えっ、そこに手をつけていいものなんですか、みたいな反応でしたね(笑)。俺も考えるからみんなも考えてみようと言いました」
部員が考えて提案してきたのが「日本をリードする存在になる」。外池が考えていたものとほぼ同じだったそうだ。
サッカーだけで強くなればいいという考え方ではない。部員全員が自分のポジションを見つけて能力を発揮する集団にする。その力が結集してこそ、日本をリードする存在になる。学生たちが自ら決めたビジョンに、外池は心の底から拍手した。
「OBとして部を見てきたとき、サッカー以外に対する評価軸が薄れてきているのかなとは感じていました。競技力そのものは大切です。サッカーの能力に長けた学生もそうですけど、むしろ周りにいる学生たちのエネルギーを引き上げていくことで全体の能力が引き上がっていくんじゃないかと僕は考えました。
僕自身、足は速くないし、ドリブルもうまくない。何を武器にしていけばいいか、自分で考えることで試合に出られるようになった。人と同じところを見ていたら、世に出ていけない。そうやって今の学生にも、自分を、自分で伸ばしてもらいたい」
主務、副務、マネージャー、学連担当、集客担当、広報担当……4年生も3、2、1年生もみんな。ピッチ外の仕事を評価するために、ゴールドマン・サックス証券でバリバリ働き、今は独立している矢後平八郎を新設した「マネジメントコーチ」に招いた。
改革を進める外池は自分を含めてOBが中心となるチームスタッフを集めて、こうお願いしたという。
「みなさんにやっていただきたいのは、学生の動機づけです。話した、伝えたではなく、行動を促すように持っていってもらいたい」
カレッジ☆ウォーズの号砲が鳴った――。
2月1日に監督に就任してから1カ月が過ぎた。
部員は約80人。そのうち26人のA、Bチームを編成して、長崎・島原に初めて遠征することになった。
羽田空港から長崎へ。台風が近づいていた影響で、飛行機はかなり揺れたという。外池は何となく「嵐の予感」を感知していた。
「もう、どうしちゃったのっていうくらい揺れた気がしましたね(笑)。何かが起こりそうな、何となく嫌な感じがしたことを覚えています」
到着して休むことなく、桃山学院大学との試合が組まれていた。トップがAチームで、次がBチーム。外池は初めての対外試合に「早稲田の自覚、責任、誇りを持って戦おう」と選手たちに呼び掛けた。
大雨、いや嵐。
Aチームの試合が始まると、チームの雲行きまで怪しくなっていく。
この日の試合に向けて、準備はやってきたつもりだ。ゲームプラン、それぞれの役割を用意していた。
だが外池はトップ下に位置するキャプテン岡田優希(町田ゼルビア)のプレーに眉をひそめることになっていく。肌に打ちつける暴雨も、気にならないほどに。
「雨でボールが回らなくて、岡田が勝手に下りてきては周りにああやれ、こうやれと指示していて、マインドセットしてきたものをキャプテンから壊してきた。それで失点して、明らかにチームの雰囲気も〝キャプテン、何やってんだ?〟という感じになっていました。言おうかなとは思いましたけど、黙って見守ることにしました」
ハーフタイムでロッカールームに下がらず、指示としては「勝手にやっていい」だけ。空回りしているキャプテンは、自分自身が見えていないようにも感じた。
だがそれはあくまで自分の見え方に過ぎない。
ビジネスを通じて相手の心情を探ろうとすることはとても大切だ。外池は岡田キャプテンの気持ちを考えた。
すると雨が、痛く感じてくる。
「そうか、岡田は俺のことを、俺のやり方を受け入れていないのかもしれないな……」
自分への反発。その可能性も捨てきれないと新人監督は覚悟せざるを得なかった。
後半途中でキャプテンをベンチに引っ込めることにした。
雨足は弱まることなく、外池を強く打ちつけていた。
2019年11月掲載